日本人の死生観
日本には昔から伝統として死生観という大袈裟なものではないとしても、それに類するものが、寺院、寺小屋などで教えられたものと思います。死の 問題は、いかに生きていくかという問題と大きな関係がありますが、今回は新年にあたり、日本人の死生観を大急ぎで見ていきたいと思います。
はじめに宗教者の立場からの死生観を、次に歌人や儒教・国学者の考えを、最後に現代に生きる人たちの死生観を見ていきたいと思います。
僧侶の死生観
◆最澄 (767~822)–天台宗開祖
夏4月、もろもろの弟子たちに告げて言われた、「わたしの命はもう長くはあるまい。もしもわたしが死んだあとは、みんな喪服を着てはならない。また山中の同法(同門の弟子)は、仏のさだめた戒律によって、酒を飲んではいけない。
ただし、わたしもまた、いくたびもこの国に生れかわって、三学(戒・定・慧)を学習し、一乗(「法華経」の教え)を弘めよう
『叡山大師伝』
◆空海 (774~835)–真言宗開祖
迷いの世界の狂人は狂っていることを知らない
生死の苦しみで眼の見えないものは眼の見えないことが分からない
生れ生れ生れ生れても生の始めは暗く死に死に死に死んでも死の終りは冥い
『秘蔵宝鑰』の序
◆源信 (924~1017)–天台宗学僧
仏弟子である君よ、この年ごろ、世俗の望みをやめ、西方浄土に往生するための行を修してきた。今、病床にあり、死を恐れないわけにはいかないであろう。どうか目を閉して合掌して、一心に誓いをたててください。
『往生要集』
◆法然 (1133~1212)–浄土宗開祖
ある弟子が尋ねた、
「このたびは本当に往生なされてしまうのでしょうか」と。
法然は答えた、
「自分はもと極楽にいたものであるから、こんどはきっとそこへ帰る」 と。
法然にとって極楽とは、帰るべき故郷であったのである。
◆親鸞 (1173~1262)–浄土真宗の開祖
自分はわるい人間であるから、如来のお迎えをうけられるはずはないなどと、思ってはならない。凡夫はもともと煩悩をそなえているのだから、わるいに きまっていると思うがよろしい。また、自分は心がただしいから、住生できるはずだと、思ってもならない。自力のはからいでは、真実の浄土に往生できるので はない。
◆明恵 (1173~1232)–華厳宗の僧
「われ如来の本意を得て、解説の門に入ることができた、汝等も如来の禁戒を保ち、その本意を得て、来世共に仏前で再会せん」
(弟子への訓戒)
◆道元 (1200~1253)–曹洞宗開祖
「この生死は即ち仏の御命なり。これをいとい捨てんとすれば、即ち仏の御命を失わんとするなり。これにとどまりて、生死に着ずれば、これも仏の御命を失うなり。仏のありさまをとどむるなり」
『正法眼蔵』(生死)
◆一遍 (1239~1289)–時宗の開祖
六道輪廻の間には
ともなふ人もなかりけり
独りうまれて独り死す
生死の道こそかなしけれ
『百利口語』
◆宗峰妙超 (1281~1337)–臨済宗の僧
「仏祖を截断し 吹毛常に磨く機輪転ずる処 虚空牙を咬む」(仏祖さえも否定超克して吹毛の剣にも比せられる性根玉をいつも磨いてきたその心の機は虚空が牙を咬むとも言える、空が空を行じる心境と言えよう)
『遺偈』
◆一休 (1394~1481)–臨済宗の僧
「そもそもいづれの時か夢のうちにあらざる、いづれの人か骸骨にあらざるべし。それを五色の皮につゝみてもてあつかふほどこそ、男女の色もあれ。い きたえ、身の皮破れぬればその色もなし。上下のすがたもわかず。……貴きも賎しきも、老いたるも若きも、更に変りなし。たゞ一大事因縁を悟るときは、不生 不滅の理を知るなり」
『骸骨』
◆蓮如 (1415~1499)–浄土真宗中興の祖
「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。
…我やさき、人やさき、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。
されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。
…されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏もうすベきものなり。あなかしこ、あなかしこ」
『白骨の文』
◆沢庵 (1573~1645)–臨済宗の僧
全身を後の山にうずめて、只士をおおうて去れ。経を読むことなかれ。斎を設くることなかれ。道俗の弔賻(おくりもの)を受くることなかれ。衆僧、衣 を着、飯を喫し、平日のごとくせよ。塔を建て、像を安置することなかれ。謚号を求むることなかれ。木牌を本山祖堂に納むることなかれ。年譜行状を作ること なかれ。
『遺戒』
◆鈴木正三 (1579~1655)–江戸時代の禅僧
「万事をうち置て、ただ死に習うべし。常に死を習って、死に余裕を持ち、誠に死する時に、驚かぬようにすべし。人を教化し仏法を知る時にこそ、知恵は必要だが、我が成仏の為には、何も知識はあだなり。 ただ土と成りて、念仏をもって、死に習うべし」
『驢鞍橋』
◆盤珪 (1622~1693)–臨済宗の僧
「身共は、生死に頼らずして死まするを生死自在の人とはいいまする。又、生死は四六時中に有て、人寿一度、臨終の時、はかりの義では御座らぬ。人の 生死に預からずして、生るる程に、何れも生き、又死るゝ程に、死が来らば、今にても死る様に、いつ死んでも大事ない様にして、平生居まする人が、生死自在 の人とは云、又は、霊明な不生の仏心を決定の人とは云まする」
『説法』
◆白隠慧鶴 (1685~1768)–臨済宗の僧
「涅槃の大彼岸に到達しようと思えば、つつしんで精神を集中して、それぞれの臍下、気海丹田を黙検せよ。そうすれば、まったく男女の相もなく、僧俗 の区別もない。老幼、貧富、美醜、地位の高下なぞの差別の一点の痕跡もなくなる。このように精神を集中して、細かく工夫精進して昼夜おこたることがなけれ ば、いつしかあれこれ考える想いもつき、妄情煩悩も消えて、盆をバラバラに投げこわし、氷の塔をぶちこわすように、たちまち身心ともに打失しよう」
『仮名葎』
◆良寛 (1758~1831)–曹洞宗の僧
形見とて何か残さん春は花
夏ほととぎす秋はもみじ葉
歌人(他)の死生観
◆西行 (1118~1190)–歌人
願はくは花のしたにて春死なん
そのきさらぎの望月のころ
◆吉田兼好 (1283~1352)–歌人
「誰でもみんな、本当にこの生を楽しまないのは、死を恐れないからだ。いや、死を恐れないのではなくて、死の近いことを忘れているのだ。しかし、もしまた、生死というような差別の相に捉われないと言う人があるなら、その人は真の道理を悟り得た人と言っていい」
『徒然草』
◆熊沢蕃山 (1619~1691)–陽明学者
「生死は終身の昼夜であり、生死は終身の昼夜であり、昼夜は今日の生死にあたる。生死の理も、昼夜を思う ごとく、常に明かにすれば、臨終とても別儀は無い。薪つきて入滅するごとく、寝所に入で心よく寝るが如く、何の思念もなく、只明白なる心ばかりである。」
『集義和書』
◆伊藤仁斎 (1627~1705)–儒者
「天地の道は、生有って死無く、実有って散無し。死は即ち生の終り、散は即ち実の尽くるなり。天地の道、生に一なるが故なり。父祖身投すといへど も、しかれどもその精神は、すなはちこれを子孫に伝へ、子孫又これをその子孫に伝へ、生生断えず、無窮に至るときは、すなはちこれを死せずといいて可な り」
『語孟字義』
◆新井白石 (1657~1725)–政治家・学者
「礼は生を養い死を送り鬼神につかうるところとなりとぞ「礼」に記せり。又明にしては礼楽あり、幽にしては鬼神ありとも侍り。幽と明とは二つなるに似たれと、誠は其理一つにこそはかよふらめ。是により通せば彼にも又通じぬべき」
『鬼神論』
◆山本常朝 (1659~1721)–佐賀藩士
「二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。図に当らぬは犬死などといふ事は上方風の打ち上りたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当るやうにわかることは、及ばざることなり」
『葉隠』
◆本居宣長 (1730~1801)–国文学者
「死すれば、妻子眷族朋友家財万事をもふりすて、馴れたる此世を永く別れ去りて、再び還来ることあたはず、かならずかの汚きよみの国に行くことなれば、世の中に、死ぬる程かなしき事はなきものなる…」
『玉匣』
◆山片蟠桃 (1748~1821)–町人学者
「生れば智あり、神あり、血気あり、四支・心志・臓腑みな働き、死すれば智なし、神なし、血気なく、四支・心志・臓腑みな働くことなし。然らば何くんぞ鬼あらん。又神あらん。生て働く処、これを神とすべき也」
『夢之代』
◆広瀬淡窓 (1782~1856)–漢学者
「生死は人の能く知る所に非ず。いわんやすでに死の後をや。死後の知るべからざる、なほ生るる前の如きのみ。」
『約言』
◆横井小楠 (1809~1869)–政治思想家
人と生れては人々天に事ふる職分なり。身形は我一生の仮託、身形は変々生々して此道は往古来今一致なり。故に天に事ふるよりの外何ぞ利害禍福栄辱死生の欲に迷ふことあらん乎」
『沼山閑話』
◆正岡子規 (1867~1902)–俳人
「余は、今迄禅宗の悟りということを誤解していた。悟りということは、如何なる場合にも平気で死ねる事かと思っていたのは間違いで、悟りという事は、如何なる場合にも平気で生きて居ることであった。」
『病床六尺』
◆暁鳥敏 (1877~1954)–真宗大谷派の僧
生と死のうねりをなして常住の
いのちの水の流れゆくなり
無二寿をおもう心に死を超えて
生もおもはずたゞほがらかに
◆種田山頭火 (1882~1940)–俳人
何処でも死ねる体で春風
何時でも死ねる草が咲いたりみのったり
◆室生犀星 (1889~1962)–詩人・小説家
人間の永い生涯には妻が先に死んでくれた方がいいと、ちょっとでも考えない人があっただろうか、その夫が若し先に亡くなったら、ああしよう、こうし ようと死後の策を考えない婦人があっただろうか、折々職しっかりした眼附と身構えを持って見合せた眼こそは、たしかに今まで生きて来た善後策を講じかか る、のっぴきならない眼附だったのである。どちらかが生きのこった時には、先ず後始末をしなければならないのである。
『生きたものを』
現代の死生観
◆堀秀彦 (1902~1987)–評論家
老年も死も、よく分からないから不気味であり、よく分からないから、何かが在るようにも思われる。そしてそれだからこそ、生命は尊厳なのだ。
『死』
◆吉野秀雄 (1902~1967)–歌人
死はほんとうにおそろしい。わたしは年60余になったし、これまでになんども死にそこねたような病人だから、もはやいつ死んでもかまわぬといえる覚悟がありそうなものだが、それがなかなかそうはいかず、死はいまもっておそろしい。
『生のこと死のこと』
◆高見順 (1907~1965)–作家
電車の窓の外は
光りにみち
喜びにみち
いきいきといきづいている
この世ともうお別れかと思うと
見なれた景色が
急に新鮮に見えてきた
『死の淵より』
◆松田道雄 (1908~)–評論家
生きるということは、世の中のつまらなさとは無関係なのだ。死にたくないから生きているというだけのことだ。そのかわり生きていきたくなくなったら、いつだっておさらばするというのが、市民の自由というものだ。
『老人と自殺』
◆花田清輝 (1909~1974)–評論家
しかし、そうはいうものの、やはりわたしは、人眼をかすめて、とろとろと燃えつきてしまうような死にかたよりも、猛烈ないきおいで燃えあがり、派手にあたりに火の粉をバラまいたあとパッと消えてしまうような死にかたのほうに心をひかれる。
『犬死礼讃』
◆村尾勉 (1914~)–医学博士
一生を頑健に生きたような人は、木が次第に枯れてゆくように、あるいは朽木がいっきに倒れるように、きわめてあっけなく安楽な死を遂げるものである。
『死を受け容れる考え方』(人間と歴史社)
◆瀬戸内晴美 (1922~)–小説家、仏子号「寂聴」
いずれは逃げられない私の死に様は、果してどの様なものか、どんな変死にせよ、やはりあんまり人の目に不様でない死に様を願うのは、まだ私がしやれ気のある若さの証拠であるかもしれない。
『死に様』
◆野坂昭如 (1920~)–小説家
人間は年中死を意識している、そして、意識しながら、上手に死ぬことはいっさい考えず、ただもう不老長寿をのみねがい、健康こそが人間の幸せと信じこんだふりをする、あまりに意識し過ぎる怯えが強すぎて、具体的に考えない。
『死について』
◆横尾忠則 (1926~)–画家
肉体で現世にいるということは確かに苦痛である。因果のサイクルから解脱しない限りわれわれはいつまでたってもこうしてこの世に生まれてこなければ ならない。この世は神の国に入るための修行の場でもある。しかし、この修行の場での修行を怠れば、永遠に神の国に入ることが許されず、ついにその魂までも この宇宙から消滅しかねない。これ以上の悲劇がどこにあろう。肉体であろうと霊魂であろうと、自分がこの宇宙のどこかにいるということは素晴らしいことで ある。
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医療と死生観
内容
はじめに
ターミナル・ケアと死生観
死生観(死と再生)の類型
宗教的死生観
民俗宗教(祖霊信仰)の死生観
浄土教の死生観
煩悩則涅槃と生死の解脱(涅槃)―親鸞と道元
キリスト教の死生観
非宗教的死生観
生物社会的実体との連続性―国家4,民族、家族
唯物論的死生観
実存的ニヒリズムの死生観
はじめに
人間が避けられない死に直面して、生と死の意味を問わざるをえないとき、各人は
自己の死生観によって生と死を意味づけている。患者自身が、自己の死生観を持って
いることが望ましいのは当然である。医療者が死生観を確立することは、「生と死」
の生物・医学的意味だけではなく、人間の「生と死」の宗教文化的、社会学的意味を
考え、患者の全人的医療のための基礎となる。
近代以前の社会では、人の誕生と死は、共同体や地域社会の共通の関心事であり、
出来事であった。人間の臨終は、大家族、親類縁者や地域社会の人々に見守られ、身
近な日常的な出来事であった。人々は臨終に居合わす機会も多く、死に往く者の末期
まつごの姿を見守ることができた。
ところが、現代社会では、人間の平均寿命の伸びと核家族の増加によって、死を身
近なものとして目撃し、臨終を迎える者と共に過ごす機会が大幅に減少してきた。ま
た、医療制度の充実、医療技術の進歩と総合病院としての医療機関の増加によって、
大多数の人々が在宅ではなくて、最先端の医療設備に囲まれ、最大限の延命治療を受
けて、病院で死を迎えるようになってきた。人の死は地域社会の出来事ではなく、病
院における個人の死となってきた。
その結果、無意味な延命治療を拒否する尊厳死やホスピス・ケアの要求が高まって
きた。ホスピス・ケアのみならず、一般病棟における死を看取る医療としてのターミ
ナル・ケアも医療者の重要な役割となってきた。
現代でも変わらない医療の最も重要な目的は、患者の病気の治療、健康の回復およ
び救命・生命維持である。しかし、現代社会における個人の価値観や基本的人権の尊
重は、医療における医療者と患者の関係に「インフォームド・コンセントの原則」が
求められるようになってきた。それは、原則として、意思決定能力のある患者の人生
観や価値観に基づく「自己決定権」を尊重することである。患者は、しばしば、意思
決定能力がありながら、 医学的、専門的判断による患者の利益とは異なる治療法を
選択をすることがある。患者の選択は、生を意味づけてきた「死生観」に基づいてい
る場合がある。
例えば、医療者から見れば、救命のための輸血を拒否することは、不合理で、馬鹿
げているように思われる。しかし、宗教的理由による「輸血拒否」は、死後の「永遠
の生命いのち」を信じる宗教的死生観に基づいている。 また、末期癌と診断された
患者が、医師の勧める治療法を拒否して、単なる延命よりも現在の生を充実させよう
とする。これも自己の仕事を完成を自己の人生の証とする「死生観」に基づいてい
る。
さらに、医療技術、救命・延命技術の進歩によって、医療に「生と死」をめぐる諸
問題が提起されてきた。「脳死」を「人の死」と見なすことによって、臓器移植が法
的に認められたとしても、欧米に比べて、臓器提供者が圧倒的に少ないのは、単に医
療不信があるだけでなく、日本の民俗宗教の死生観に基づく生命観や遺体観が根底に
あると考えられる。
また、末期医療における安楽死や尊厳死の求めは、無意味な生物的生命の延長より
も尊厳死を選択する死生観に基づいている。妊娠中絶に反対する主な理由の一つは、
宗教的生命観に基づいている。
4.1 ターミナル・ケアと死生観
伝統的医療では、生命と健康のために病気を治療し、最後まで救命・延命治療を放
棄しない教育が行なわれてきた。もちろん、末期医療においても、患者の身体的病状
に対する対症療法や疼痛緩和は医療者の重要な役割であることに変わりない。
しかし、末期医療においては、残された患者の生命の質を高めるために、救命・延
命治療から、よりよき死を迎えるための援助をするケアへと転換しなければならな
い。医療者には、患者の病状に対する対症療法や疼痛緩和治療をするだけでなく、死
が差し迫った患者の苦悩、死への不安、恐れを和らげ、孤独を癒し、慰めるための精
神的、心理的ケアが求められる。また、医療者は患者の家族の不安や心配にも対応し
なければならない。
もしも、医療者が極端に死を恐れたり、死が間近な患者を敬遠しようとするなら、
死の恐怖、不安、孤独に苦悩する患者とのコミュニケーションをとることができな
い。ターミナル・ケアにおける患者と医師の真実の対話が成立するためには、医療者
が予期される死の告知をおこない、多様な患者の「死生観」を理解し、医師自身の
「死生観」を確立することが不可欠である。患者を全人的に理解して、初めて、死に
直面した患者の不安、恐れ、孤独、絶望に共感し、共鳴できる医療者となりえる。
特に、病気による人間の死は、生の断絶、終末あるいは敗北を意味する。死は共に
生きてきた人々との永遠の別離を意味する。死は築き上げてきた社会的関係を断絶す
る。死によって人間の存在は「無」に帰する。死が予期され、迫っていることは、人
間の存在が「無」に接近しつつあることである。そのとき、人間は、死という「無」
を前にして自己の存在の喪失の恐れ、不安、孤独と絶望に襲われる。
従って、人間は次のような問いの答えを求めようとする。人間は、死を予期しつ
つ、いかにして苦悩、孤独や絶望に耐えて生きる希望があるのか、また何によって、
誰によって癒され、慰められるのか。「死」を受容し、諦観ていかんするために「
生」の意味を何に求めるのか。そのためには、これまでの生と残された生を確固たる
ものとして意味づけることである。「生と死」の意味づけこそが、死生観の問題であ
る。
この問題は、有限で、死すべき存在である個の死が、生物的生命の終末、断絶であ
るにもかかわらず、超越者としての神、自然の神々、自然や永遠な存在としての生命
的宇宙、共に生きた家族や集団と繋がり、連続し、継続しているという不死性を象徴
化 3 することでもある。この意味では、「死生観」の問題は「死と再生」の問題で
もある。
現代社会では、世界から神話的、宗教的意味が失われ、超越的価値や存在に対する
信仰が希薄になってきた。地縁、血縁を中心とした共同体社会が崩壊し、地域社会や
家族との絆が稀薄となり、核家族化が急激に進んできた。
従って、社会の中で孤立し、孤独であると感じている人々が増大している。それだ
けに、医療者を含めて、看護者の末期医療における「死生観」を基礎にした精神的、
心理的援助はますますその重要性を増している。
4.2 死生観(死と再生)の類型
原始、古代、封建社会などの前近代社会において、特徴的な「死生観」の類型は、
「生と死」が循環し、繰り返される円環的死生観である + 。宇宙そのものと同じよ
うに、人間の生と死は「この世」と「他界」、「現世」と「来世」の二つの世界の間
で死と再生が繰り返され、循環する。それは、祖霊信仰に基づく二世界的、神話的、
宗教的死生観である。特に東南アジアや我が国では、聖霊信仰に基づく汎心〔神)論
的、多神教が支配的である。それに対して、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教で
は、創造者、絶対者、超越者としての唯一の人格神を信仰する一神教が支配的であ
る。
社会が近代化するにつれて、世界から宗教的、神秘的意味連関が払拭ふっしょくさ
れ、自然や社会が物質的な法則性を持った自立的で、独立した客観的な世界として意
識される。その世界に属する人間も物質的なものとして対象化され、客観化される。
従って、自然科学的、唯物論的死生観が成立してくる。特に、現代ては、生命現象も
分子レベルに還元され、解明されるとき、人間の生命活動は無機的自然に還元され
る。
また、世界の存在の客観的自立性を意識すればするほど、自我は自己を世界と異な
った「主観」や「実存的自我」として他者や世界に還元されない自立的な存在として
意識するようになる。その結果、近代的自我は、自己の存在の根拠を何も必要としな
いかのように自立性の虚構を確立する。この近代的自我意識は、自我と世界を創造
し、支配した神を否定して成立した。しかし、逆説的に、自己の挫折、限界状況や絶
望の中で、自己の存在の根拠を絶対者である神を求めざるをえない。自己の存在の根
拠を見出せなければ、「自己と世界」の存在の意味も価値も喪失したニヒリズム的死
生観を出現させることになる。
現代においては、死後の「彼あの世・来世」や「神の国」における往生や救済とし
ての二世界的な宗教が求められているのではなくて、現世における現在的な救済と癒
しの宗教が求められている。自己の生の限界状況や自己超越の帰結として人格的な神
に出会うキリスト教や、他力の信仰あるいは無我の境地によって達成される「悟り」
を求める仏教は必要性を増している。
さらに、現代社会において最も絆の強い共同体は家族である。共存在者との愛と信
頼は、生に希望と勇気を与え、死に往く者へ慰めと救いを与える。また、自己の人生
の証を社会に果たしてきた役割や功績に求めるたり、自己の生の意義を自己の存在の
歴史、すなわち「自分史」に求めたりするのは、現代の死生観の切実な模索であるか
もしれない。
4.3 宗教的死生観
4.3.1 民俗宗教(祖霊信仰)の死生観
東西を問わず 、原始社会や古代社会では、宗教は自然宗教であり、精霊信仰であ
る。マクロコスモス(大宇宙)としての宇宙は、「死と再生」を繰り返す永遠に生き
る生命そのものである。四季の移り変わりにおける草木の発芽、成長、枯死、発芽
は、循環する死と再生そのものである。月、太陽、天体の循環も死と再生として 観
念されている。ミクロコスモス(小宇宙)としての人間の生と死も、円環的な「死と
再生」循環として観念されている。
人間の生命は肉体と結合した霊魂の作用であり、死は肉体からの霊魂の分離であ
る。肉体は滅んでも霊魂は生きていると考えられている。我が国でも、死者の霊魂は
「この世」から「他界」に往く。他界はこの世と連続し、地下、山上、海上等の身近
な所に存在している。他界は地下他界としての「冥界」や「黄泉よみの国」と呼ばれ
たり、また海上他界として「常世とこよ」と呼ばれたりする。人は死んでも、その霊
魂は祖先の霊や神となって生き続け、不死であると考えられる。
死霊は穢けがれていて、この世の生者に取り憑つき、祟たたることによって、災い
をもたらすと考えられている。そのために追悼ついとう儀礼、供養、鎮魂祈祷きとう
などが行われる。死霊はこうした供儀によって、祖霊や先祖の神となる。山上他界や
海上他界の祖霊は、お盆や正月に子孫によって迎えられ、祀まつられ、供養される。
また、先祖の霊や神は子孫を加護し、子孫に繁栄と幸せをもたらす。
「他界」の先祖の霊と「この世」の生者とには、生き生きとした霊的関係がある。
死者の霊は霊媒師や祈祷師の口を通して、生者に生前の怨念や悔やみを語り、時には
災いを警告したり、守護の約束をする。死者は死んでも祖霊として生き続ける。死に
往く者は、生者である子孫によって葬儀が行われ、供養をしてもらうことによって、
安んじて死を受容することができる。臨終に安心を得て、死後に安らかな霊となれ
る。死ぬことは先祖の霊に迎えられ、先祖の霊に仲間入りすることである。
その後、6世紀に、我が国に仏教が伝来した。主として仏教が祖霊信仰の埋葬、追
悼ついとうおよび供養の儀礼を担うようになった。本来、仏教では、仏(ホトケ)は
「悟り」・「涅槃」とか「彼岸」を意味し、成仏は死んで仏になることでなくて、悟
りを開いた覚者を意味していた。
ところが、自然宗教であり、精霊信仰である神道と仏教が習合して、その後の日本
の民俗宗教の特徴を形作ることになっていった。ホトケ(仏)が死者の霊や祖先の霊
と同一視されるようになった。「他界」は死後の世界として「浄土」、「地獄」「来
世」、「彼岸」として仏教的に表現されるようになった。「往生」は、死後に「来
世」、「彼あの世」あるいは「浄土」を意味するようになった。
日本仏教は死者の埋葬・鎮魂儀礼と祖霊供養を行い、祖霊による加護と御利益を求
める宗教と、「現世」を解脱し、悟り・涅槃を求める救済としての宗教との両面性を
特徴として持っている。庶民による仏教の信仰は、「現世」、すなわち「此岸」に対
して彼あの世としての「来世・彼岸」に先祖の霊が存在し、死後に往生して自分も先
祖の霊に迎えられ、祖霊となるという信仰である。現代でも依然として、日本人に
は、祖霊信仰に基づく死生観と遺体観が根強く存在している。
4.3.2 浄土教の死生観
10世紀の平安時代中期に、仏教の阿弥陀仏を信じ、念仏を唱えて極楽浄土に往生す
ることを説く浄土教が,末法思想の流布と共に、盛んになった。浄土教とは、法蔵菩
薩が衆生しゅじょうを救済しようと決意して、四十八願を懸けて修行して、悟りを得
て阿弥陀仏となって、西方十万億土の極楽浄土にいて、衆生しゅじょうの極楽浄土へ
の往生をかなえる信仰である。
特に、浄土信仰によれば、臨終に際して、この阿弥陀仏を念じ、南無阿弥陀仏と念
仏を唱えることによって阿弥陀仏が来迎らいごうして、念仏行者は極楽浄土に往生す
ることができる。我が国の浄土教は源信(942-1017)によって基礎がすえられ、法然
(1133-1212)が浄土宗を開き、親鸞(1173-1262 )が浄土真宗を開いた。
源信の『往生要集』によれば、現世である「穢土えど」は穢けがれた嫌悪すべき
「厭離穢土おんりえど」として描かれている。「穢土えど」とは、地獄、餓鬼道、体
が衰え醜く腐敗していく様相、身体のあらゆる病苦、生者必滅と別離の無常の世界で
ある。この「穢土えど」に対して、「極楽浄土」は、修行し、念じて往生することを
心から願う「欣求ごんぐ浄土」として描かれている。
この「極楽浄土」は、観世音菩薩や勢至菩薩を従えた阿弥陀如来によって迎えら
れ、歓喜の心に満たされた世界(聖衆来迎しょうじゅうらいこうの楽)、阿弥如来に
よって慰め励まされる歓喜の心の世界(蓮華開花の楽)、広大で、光り輝き、あらゆ
る宝花が咲き乱れている奇麗清浄な世界(五妙境涯の楽)生・老・病・死、愛別離
苦、怨憎会苦おんぞうえく、求不得苦ぐふとっく、五取蘊苦ごしゅうんくの四苦八苦
ない世界(快楽無退の楽)等の極楽、解脱の世界である 。
源信は阿弥陀如来(阿弥陀仏)の来迎を受けて、極楽浄土へ往生するための「臨終
行儀」について述べている。臨終行儀は「行事」と「勧念」を必要とする。行事
として以下のことをおこなう。
行者が病気になると、西北の日の沈む方向に建てた無常院に移される。そこには阿
弥陀の像が安置され、その像の右手に五色の細い布を繋ぎ、病者の左手に結び付け、
仏に従って浄土へ往く思いを強くさせる。看護人(瞻病せんびょうの者)は香をた
き、華はなを散らして病者をおごそかに飾りつける。病者の尿屎にょうしや吐唾とだ
があれば、始末する。臨終の際に、病者は一心に阿弥陀仏を観想し、念仏を唱える。
病者は来迎らいごうの様子がありありと思い浮かんだら、看病人に告げる。看病人は
それを記録する。もし病者が罪の報いで苦しんでいることを告げる場合には、看病人
は病者のために懺悔ざんげし、罪をなくすように念仏する。
勧念とは、看護人が病者の仲間として同士として病者の傍らにいて、合掌して一心
に仏だけを念じ、往生のことだけを思い、南無阿弥陀仏と念仏を唱えることを勧める
ことである。その結果として、念仏行者は死後に極楽浄土に往生できるのである。
4.3.3 煩悩即涅槃と生死しょうじの解脱(涅槃)―親鸞と道元―
仏教によれば、「生死しょうじの世界」とは、 生と死を繰り返す生死しょうじ輪
廻を意味する。また、それは生、老、病、死という苦 に満ちた「この世」の生を意
味する。この「現生」は、悟りや自覚のない凡夫にとって、生・老・病・死にともな
う肉体的苦痛と精神的苦悩だけではなく、愛する者との死別や生別の苦しみ(愛別離
苦)、嫌悪や恨みの中で共に生きる苦しみ(怨憎会苦おんぞうえく)、自己中心的な
欲望が満たされないことの苦しみ(求不得苦ぐふとくく)、すべての執着することの
苦しみ(五取蘊苦ごしゅうんく)に満ちている。すなわち現生は、自我の自己中心的
な執着による苦脳と惑い、すなわち煩悩に満ちている。
法然の弟子親鸞(1178-1262)は、『無量寿経』を教典として阿弥陀仏を念仏する
ことによって、極楽浄土への往生を説く浄土真宗を開いた。他力浄土門の親鸞にとっ
て、この現生に煩悩の熾烈しれつさ、迫り来る死の不安、無力、焦燥の中で、いかに
して安心立命に至る悟りを獲得するかが根本的問題であった。
親鸞は、どんなに自力修行しても煩悩を滅することができないことを自覚した。親
鸞はひとえに弥陀(阿弥陀仏)の本願力(他力)に自己を任せきることによって、煩
悩を抱えたまま、浄土へ往生し、涅槃に至ることができると悟った。親鸞は、阿弥陀
仏の本願を信じ、南無阿弥陀仏を唱えることによって、どんなに罪悪・煩悩に満ちた
悪人でも「浄土」に往生できると説いた。
親鸞の浄土真宗についての伝統的な解釈は、臨終往生(死後往生)の立場をとって
いる。この立場によれば、「浄土」は、生死しょうじ・煩悩の「現世」(穢土えど)
とは別の世界であり、時間的に死後の世界としての「来世」・「彼岸」である。「浄
土」は苦のない安楽な「安楽国」であり、「弥陀の浄土」である。
死後に往生する「浄土」は「現世」とは別の神話化された実在すると信じられる世
界である。浄土の阿弥陀仏もご本尊として擬人化され、人格化され、神話化されてい
る。
親鸞の浄土真宗は、庶民信仰としては先祖崇拝、祖霊信仰と深く習合していた。す
なわち、往生は死ぬことであり、臨終に浄土の阿弥陀様のお迎えを受け、死後に「浄
土」に生まれ変わることである。また「浄土」は先祖の霊の世界であり、臨終に祖霊
のお迎えを受け、死後に浄土に往生し、子孫に供養してもらい、先祖の霊となる。阿
弥陀様や祖霊は子孫を加護し、安全、幸福等の様々な御利益ごりやくをもたらしてく
れる。
この意味では、弥陀(阿弥陀仏)の「往相おうそう回向えこう」とは、弥陀の衆生
しゅじょうを救済するという本眼力(他力)の計はからいによって、真実信心と念仏
を得て「この世」から死後に往生して、「彼あの世」としての「極楽浄土」へ往くこと
を意味している。
従って、「還相回向げんそうえこう」とは、「浄土」にいる仏様である先祖の霊が
「この世」の生者の苦しみを助け、災いを防ぎ、様々な願いをかなえて、御利益をも
たらしてくれることを意味する。この「臨終往生」の解釈によれば、親鸞以前の祖霊
信仰と仏教の浄土信仰とが習合した浄土教の死生観と変わることがない。
しかし、親鸞には、死後に「極楽浄土」に往生して、涅槃を得るという伝統的な浄
土観ではなく、弥陀の本願に回向えこうされて、信心を獲得して、現生のただ中で煩
悩具足のまま、ただちに「浄土」に往生するという「即得往生」(生前・平日往生)
の立場がある。親鸞は「即得往生」について次のように述べている。
「即得往生は信心をうればすなわち往生すといふ。すなわち往生すといふは、不退転
に住するをいふ。不退転に住すというふは、すなわち正定聚のくらいにさだまるとの
たまふ御のりなり。これを即得往生とはまふすなり。即はすなわちといふ。すなわち
といふは、ときをへず日をへだてぬをいふなり。」(『唯信鈔文意』)
「真実信心の行人は摂取不捨のゆえに正定聚しょうじょうじゅうのくらゐに住す。こ
のゆえに臨終まつことなし、来迎まつことなし。信心のさだまるとき往生さだまるな
り。」(『未燈鈔1』)
この「即得往生」の立場によれば、「浄土」は「現世」と異なった死後の「来世」
ではなく、真実信心が定まって、自力の計はからいを放棄して、弥陀の本願力として
の他力に任せ切ったときに、得られる悟り、すなわち涅槃の境地を意味する。往生と
は「死ぬ」ことではなく、現生のままで自力から他力への転換することによって得ら
れた「悟り」の境地である。生死しょうじの現世〔穢え土)は悟りを得た境地から見
れば、そのまま「浄土」なのである。すなわち「生死しょうじすなわち涅槃」、「不
断煩悩得涅槃」(煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり)といことである 。
この親鸞の、真実信心を獲得し、正定聚しょうじょうじゅう(往生することになっ
ている他力念仏者)に定まるときを「即得往生」とする立場は、現代に求められる宗
教的信仰の在り方として重要性をもっている。何故なら、現代人は「現実世界」とは
別の神話的な「世界」や超越的な「世界」の存在を信じることができないからであ
る。
この現世は生・老・病・死の苦の世界であり、罪悪煩悩具足の世界である。凡夫は
自我に固執しながら、自己の計はからいで苦と煩悩から脱出し、逃れようとすればす
るほど、ますます苦痛・苦悩の度を深めていく。衆生しゅじょうを救済するという弥
陀の本願に回向えこうされて、信心を獲得することは、自己の計らいを放棄し、自己
を「主我」として働かせないことである。それは、自力を放棄して阿弥陀如来の他力
に任せきることであり、自力の「心」から他力の「心」への転換である。親鸞はそれ
を「金剛心」 と言っている。
「信心すなわち一心なり 一心すなわち金剛心
金剛心は菩提心 この心すなわち他力なり」 /
金剛心は自我の強固な決意や決断ではなく、他力に委ゆだねきった心であり、この
信仰心によって開かれた境地が「悟り」・「涅槃」である。親鸞は心のスイッチの切
り替えを「横超断四流」 0 として自力から他力への転回を表現している。
金剛心によって、生死しょうじ・煩悩の現世がそのまま「浄土」になる。この「浄
土」は現世(穢土えど)を越えた、「彼の世」としての死後の世界ではない。「悟
り」とは、この「現世」が自己の自力の計はからいとして在るのではなくて、他力で
ある阿弥陀如来の計はからいとして在ることを会得することである。悟りとは「現
世」状態がそのまま「浄土」であると会得することである。
自己の死が差し迫り、不安、孤独や惨めさのさなかにありながら、生かされて在る
こと、在らしめられて在るという境地が悟りである。この悟りが救いであり。死を覚
悟しつつ、残された生に感謝し、看取ってくれる生者の労苦、無私の思いやりと配慮
を有り難く受けさせていただくとき、慰謝が与えられる。死に往く者は、今日まで在
らしめられた縁に感謝する。最後の生き様を通して、死に往く者は、残された生者に
死の厳粛さと生きることの尊さを無言のうちに語りかけることになる。
自力聖道門の道元(1200-1257)にとっても、「生死しょうじ」の問題を明らかに
し、会得することは最も重要な問題であった。道元によれば、仏法の無上の道を求め
るためには、あらゆるものが生滅するこの世の無常を観じて、まず「菩提心」(道
心)を起こすことが必要である 1 。「解脱」、すなわち「涅槃」を達成するために
は、真実に生き、目覚めようとする求道の心が大切である。
また、そのためには、「現世」に生きている人間は、愛欲や貪欲による迷いや煩悩
の根源である「我執」・「吾我(この私)」を離れ、身心を放下し、ただひたすらに座
禅の修行(只管打坐しかんたざ)によって達成することができる。
道元の『正法眼蔵』の付巻『生死しょうじ』には、生死の解脱について最も簡潔
に、生死しょうじの世界そのものが仏の命いのちであり、「悟り」・「涅槃」である
と説かれている 2 。
道元は、生死しょうじの苦悩や煩悩から離れ、解脱したい者は「生死しょうじの中
に仏あれば、生死しょうじなし。又云く、生死しょうじの中に仏なければ生死にまど
わず。」ということを理解しなければならないと言う。その意味は、生死しょうじの
中に悟り・涅槃があれば生死しょうじに惑わないということであり、生死しょうじの
中に悟りを得ようとか、涅槃を達成しようとか執着しゅうじゃくしなければ、生死し
ょうじに惑うことはない、ということである。
この「生死しょうじの世界」の外に別の「仏の世界」・「涅槃の世界」を求めよう
とすることは、車を北へ向かって牽ひきながら南に行こうとするものであり、顔を南
に向け北斗七星を見ようとするものである。それは、ますます生死しょうじの苦の原
因を増やすだけとなり、解脱する道から離れてしまう。生死を超越し、解脱する道
は、生死しょうじそのものが涅槃であることをこころえ、生死しょうじの世界を嫌な
世界として避け、逃れようとしたり、生死しょうじと別の涅槃を願ったり、求めたり
しないことである。
道元は生と死を生から死への移行として把握するのではなくて、瞬間瞬間を絶対化
する。すなわち、生の時には生のほかなく、その瞬間が絶対であり、永遠である。滅
(死)の時には滅のほかはなく、その瞬間が絶対である。道元は生の時はひたすらに
生に徹し、死の時はひたすらに死に徹し、なりきることである、と言う。 現在のこ
の生を全力を尽くして生き切ることが、生死しょうじを仏の命として生きることであ
る。この生死しょうじの世界を厭いとったり、別の涅槃の世界があると思ってはなら
ない。生死しょうじに執着してはならない、生死しょうじ即涅槃、すなわち仏の心を
心とすることは、身心も放下して、自己のあれやこれや計はからいや思いを棄てて、
仏の計はからいにすべてを委ねることである。
すなわち、道元にとって修行とは、座禅によって吾我こがの心を「無我」へと転ず
ることである。それが、悟りであり、解脱、涅槃である。「吾我こが」の「我見」・
「我執」に執着している「生死しょうじの世界」そのものが、即そのまま「涅槃・解
脱」の世界なのである。
親鸞の煩悩の即得往生と道元の生死しょうじの解脱・涅槃は同じことである。日々
の修行と信仰に生きることによって、自己が死に直面し、恐れ、不安、孤独や絶望の
ただ中で、生きなければならない自己を、自己を在らしめられて在るものとして悟
り、身近に看取ってケアをしてくれる家族や医療者を他力の計はからいとして素直に
感謝し、受け取り、残された生をあるがままの生として生き、死を受容し、諦観てい
かんすることが救いであり、慰めとなる。
4.3.3 キリスト教の死生観
キリスト教によれば、人間の生命は、父なる神によってこの世にもたらされたもの
であり、死はこの世を去って神の元へ帰ることである。人間の「生と死」は神の意志
によって支配されている。
聖書によれば、人間の死は、人類の始祖であるアダムの罪が全人類に及んだ結果で
ある(新約ローマ人への手紙、5章、12節)。人間は神の意志に背き、律法に反
し、神の望む状態から離反する原罪を背負った存在である。人間の死は神から離反し
た罪の結果であり、神の裁きの印である。罪深い人間にとって死は避けられない。
しかし、神は、神の律法に背く罪深い人間を救済するために、イエスをこの世に使
わした。イエスは人間の罪を贖あがなうために十字架の死を引き受けた。このイエス
を信仰することによってのみ、人間は罪が赦ゆるされ、裁きの印としての死の刺が除
かれ、神との和解が赦ゆるされ、永遠の生命いのち(霊的生命いのち)が与えられ
る。
キリスト教の信仰によれば、この世における人間の死と新たな永遠の生命いのちの
復活(再生)は、神の子イエスの「十字架上の死と復活」に徹底的にあやかり、なぞ
らえて解釈される。
イエスは、神と不和になり、離反したすべての人間の罪を贖あがなうために十字架
上の受難と死を自己の身に引きうけたのである。それは、人間を罪から救済し、死の
裁きから免れさせ、神の前で人間を義とし、神と人間を和解させるためである。イエ
スは神から与えられた使命に忠実に、従順に死の受難を受け入れた。神が罪なきイエ
スに十字架の受難と死の使命を果たしたのは、人間の罪と死を救済し、永遠の生命い
のちの未来を切り開くためである。それは、神の人間に対する愛であり、恩寵おんち
ょうである。
イエスの復活は、神が人間の罪のために死んだイエスに与えた栄光である。このイ
エスの復活は神の救いのわざである。イエスは死に勝利し、復活して、神の元での新
たな永遠の生命いのちを与えられたのである。イエスは聖霊として信仰者に働き掛け
る。
神を信じることは、イエスに従うことである。イエスにならって「おのれの十字
架」を背負うことである。あらゆる苦難、迫害、困難、孤立、絶望や死を覚悟してイ
エスを信じ、従うことである(マタイによる福音書16章-24,25節)。
パウロは次のように言っている。
「もし、わたしたちがキリストと一体となってその死の姿にあやかるならば、その復
活の姿にもあやかれるでしょう。わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につ
けられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためである
と知っています。死んだ者は罪から解放されています。わたしたちは、キリストと共
に死んだのなら、キリストと共に生きることになると信じます。・・・キリストが死
なれたのは、只一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して
生きておられるのです。このようにあなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キ
リスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。」(ローマ
書、6章5節~11節))
キリスト教の信仰において、イエスが死後に神の元に永遠の霊的生命いのちとして
復活したように、信仰者が死後に「神の国」で、永遠の生命いのち(霊的生命いのち)
を約束されると解釈するなら、「神の国」は現世にたいする「来世」であり、「彼
岸」である。それは、二世界的死生観である。イエスを信じることによって、死は神
の国への関門であり、死後に「神の国」で愛する人々と共に再会し、神との新たな人
格的な関係に入り、永遠の生命いのちが与えられることになる。この永遠の生命いの
ちが与えられるという希望と確信こそが、惨めな、迫り来る死の恐れや不安を克服
し、打ち勝つ力を与える。イエスの霊である聖霊はこの世に降臨し、見えざる生きる
キリストとして信仰者を励まし、神の元での永遠の生命いのちの希望を確信させ、人
間に苦難に耐える力と勇気をを与える。
しかし、キリスト教の信仰は、救済を死後の「来世」である「神の国」における永
遠の生命いのちの約束だけとは解釈しない立場がある。
イエスの言葉を聞き、信じる者は、生きている現在において「永遠の生命いのち」
が与えられると解釈する立場である。この立場によれば、死が精神的死を意味し、復
活が信仰によって新たな生まれ変わった回心を意味する。
パウロは、この世で、イエスを信じないで、生きている者は罪のために死んでいる
と言っている。
「さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。」(エフ
ェソの信徒への手紙、2章1節)
「わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活
し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人人ひとびとと同じよう
に、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。しかし憐れみ豊かな神はわたした
ちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたち
をキリストと共に生かし、・・・あなたがたの救われたのは恵みによるのです。・
・・事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自
らの力によるのでなく、神の賜物たまものです。」(エフェソの信徒への手紙、2章
3~6節、8節)
この世でイエスを信じることなく、罪と過ちを犯し、肉と心の欲望のままに生きて
いることは、「精神的死」を意味する。イエスを信じ、信仰に入った者は、新しい
心、生まれ変わった心になる。すなわ、信仰者はイエスと共に生き、神と人格的に交
わりながら生きる新たな永遠の生命いのち(霊的生命いのち)を与えられる。信仰者は
来世を待つことなく、現在的に永遠の生命いのちを与えられる。
従って、「神の国」も死後の来世ではなく、この世に生きながら、イエスを信じ、
永遠の生命いのち(霊的な生命いのち)として「神の国」に属していることを意味す
る。イエスが神の使命に従順に従ったように、信仰者がイエスにならって、神の使命
を果たすために「この世」を生きることを意味する。
イエスを信じ、神にすべてを任せ、委ゆだねた者は、永遠の生命いのちを与えら
れ、苦難、死を前にしてた恐れ、不安、孤独、虚無と絶望に陥っても、救われ、慰め
られ、それに耐え、打ち勝つというと希望が与えられる。
4.4 非宗教的死生観
4.4.1 生物社会的実体との連続性・継続性ー国家、民族、家族
人間は単独で存在していない。人間は国家、民族、地域社会、家族に帰属してい
る。現実には、こうした共同体は固有の宗教的、文化的特質をもっている。しかし、
自己の生命の終末としての死を超越的な存在としての神や祖霊としての仏や神に継続
性・連続性を求めるのではなく、共同体としての国家、民族、社会、家族らの存在を
永遠な、不死的な普遍的な実体に継続性と連続性を象徴化する。非宗教的死生観の類
型として区別することができる。 終戦までの我が国の天皇制国家主義は、自己の生
命を皇国に捧げ、国家のために忠誠を尽くし、死ぬことを厭わない死生観を教育し
た。各個人の生と死の意味は、民族国家の繁栄と永遠の継続性に求められた。
またロシア革命や中国社会主義革命期ニは、新しい国家・社会を樹立するというイ
デオロギーのために生命を捧げ、革命に殉じる死生観が支配的であった。さらに、国
家と切り離せない民族に象徴的不死性を見出す死生観が在る。民族独立や民族間の紛
争ににおいて、自己の生と死を民族の永遠性・不死性と一体化し、意味付けようとす
る。
現代社会は前近代社会と異なって、超越的価値を喪失した時代である。現代人は、
風俗・慣習として寺、神社等の行事に関るとしても、内面的確信としての宗教的信仰
を持つ人々は少数である。超越的な価値や存在としての神や仏によって、生と死を意
味づけることはできなくなってきいる。
また現代社会において民族問題が発生しているものの、社会主義・共産主義革命の
イデオギーが凋落し、国家、民族への連続性・継承性を求める死生観は極めて少なく
なった。
個人が関わるのは「現実の世界」のみである。自己と最も親密で、身近な共同体
は、家族であり、親しい友人である。特に、家族はお互いに苦楽を共にし、信頼と愛
情を基礎にした共同体である。
現代において、人の死は、地域社会や共同体の死ではなくて、家族における個人の
死である。大多数が病院での個人の死である。それだけに家族の存在の意義は大き
い。人間にとって、生きた人間の愛こそが、不安や孤独を癒し、慰める。そのために
は、生き残る者と死に往く者とが、お互いに掛替えのない存在者として、共に語り、
共に過ごす時間を必要とする。家族の一員としての役割と責任を十分に果たしてきた
という実感、家業や事業を引き継ぐ後継者がいるという安心感、残された者が自分の
思いと願いを受けとめてくれるだろうという安堵感等が、死に往く者にとって救いと
なる。
すなわち、死に往く者が家族に愛され、惜しまれ、自分がいままで生きてきたこと
が、無駄で、無意味ではなかったと思いつつ、死んでいけることです。そのために
は、ターミナル・ケアは、在宅ケアが最も望ましい形態であるが、病院においても家
族と共に過ごす環境を整えることがこ必要である。
また、現代において、優れた作家、芸術家、科学者、職人等は、自己の作品、論
文、業績が自分の死後に残り、社会や人類に貢献することによって自己の生と死が、
意味づけられるという死生観を持っている。
大多数の庶民にとって、人生の証は職業的仕事を通して会社の発展に役立ち、地域
社会に貢献たしてきたことである。特に、日本人の現世主義、世俗主義は、現世の地
位と役割に生の意義を見出し、元の社会的地位や地域社会や世間に恥ずかしくない葬
儀と墓を準備するするという死生観を支配的なものにしている。
さらに、現代に特徴的なのは、人生の証を「自己」の人生の歴史そのものに人生の
証に求めるようになってきている。超越的価値との繋がりや、自己を越えた人類的繋
がりに、継承性と連続性を象徴化するのではなく、端的に自己の存在の歴史、すなわち
「自分史」に生きてきた証を求めようとする。確かに死に際して自己の人生の想い
出と回顧が残された慰めと癒しなのかもしれない。
4.4.2 唯物論的生死観ー自然への回帰
伝統的には、日本を含めて東洋では、自然は生命的自然であり、精霊に充ち満ちた
自然であり、自然宗教的感情と自然とが一体となって和歌、俳句、華道等の美的芸術
を創造してきた。このの意味での「自然への回帰」は自然から生を受け、死後に自然
へと帰るものとして、自然のふところに抱かれることを意味していた。
ところが、現代社会の高度資本主義社会は、経済的、物質的な価値を生産し、物質
的に便利で豊かな生活を追及してきた社会である。自然は生きた全体というよりも、
人間の物質的生産の資源や材料として手段化されされた。自然は物質とその運動に過
ぎない。基本的には、分子や原子に還元される。生命現象も遺伝子レベルで解明され
ようとしている。人間の意識や心も脳の物質的な機能に過ぎない。人間は生物として
て生きているかぎり意味を持つ。死ねば単なる物質であり、なんの意味もない。単な
る無機物である灰に過ぎない。
また、豊かな社会では、欲望の実現が容易になり、物質的生活を享受でき、比較的
安全に長生きできるようになった。人々は物質的生活を享受し、現状に満ち足りてい
るとき、生の意味を特別に求めたり、問うことを必要としない。それだけに、死んだ
ら無機的自然に回帰するという死生観は、現代において支配的である。尊厳死や安楽
死の要求の背景には、生活を享受できない生命は意味がなく、どうせ死ぬなら、無駄
な苦痛身体的、生理的苦痛なしに死にたいということであり、唯物論的な死生観を基
礎にしているとも言える。
4.4.3 実存的ニヒリズムの死生観
自己は単独者であり、何らの超越的価値との繋がりはない。自己の存在は家族とい
えども他者に代わってもらうことはできない。自己の存在は偶然的であり、死も偶然
的なものであり、不条理なものである。自己が生きているかぎり何らかの意味を付与
するにしても、死によって生は敗北し、終わる。
生も死も無意味なものの反復に過ぎない。、自己の生と死が無意味なものの機械的な
反復に過ぎないとき、このニヒリズム的死生観は反転して唯物論的死生観と一致する
ことになる。
[注]
1)「不死生の象徴化」については、加藤周一、Mライシュ、R.J.リフトンは『日本
人の死生観』上の序で言及している。再生を求めることは、死という非継続にもかか
わらず、継続性や連続性を象徴化することによって達成しようとすることである。彼
らは「不死生の象徴化」の類型として、1)生物学的2)神学的 3)創造的仕事
4)自然的態様、5)経験的超越の5つを挙げている。
2) 宇宙や世界が生と死の循環する円環的な、循環であることは、インドの輪廻思
想 だけではない。キリシャの自然哲学も 宇宙のあらゆる変化と運動は宇宙の根源
であ る生命的実体(魂)の生と死の循環として説明される。コンフォード著、広川
洋一訳 『宗教から科学へ』東海大 学出版会 , 1966年を参照。
3) 「穢土」と「浄土」の様相については、源信著、石田瑞磨校注『往生要集』日本
思想体系6、岩波書店、1970年、10頁ー75頁参照。
4) 源信著、石田瑞磨校注『往生要集』日本思想体系6、岩波書店、1970 年、206頁
ー 208頁参照。池見澄隆「臨終行儀ー往くものへの作法を考える」『季刊仏教』6号、
法蔵館、1989年、70-79頁。
5) 「五濁悪時の郡生海、如来如実のみことを信ずべし。よく一念喜愛 の心を発す
れば、 煩悩を断ぜずして涅槃をう。」親鸞著、金子大栄校訂『教行信証』岩波文
庫、116頁。
6) 親鸞著、名畑應順校注『親鸞和讚集』岩波文庫、91頁。
7)親鸞著、星野元豊・石田充之・家永三郎校注『教行信証』日本思想体系11, 岩波
書店、 1971年、100-101頁参照。
8) 玉城康四郎 編『道元』筑摩書房、1986年、59-89頁、『学道用心集』を参
照。
9) 以下の叙述は、親鸞著、水野弥穂子校注『正法眼蔵(四)』岩波文庫、1997年
に付 巻として所収の「生死しょうじ」の要約である。
[参考文献]
ターミナル・ケアについて
河野知信・河野博臣 編『生と死の医療』朝倉書店、1986年。
池見酉次郎・永田勝太郎 編『日本のターミナル・ケア』誠信書房、1989年。
池見酉次郎・永田勝太郎 編『死の臨床』誠信書房、1990年。
生と死、死生観について
「生死の学」『季刊仏教』27号、法蔵館、1994年、
東京大学公開講座55『生と死』東京大学出版会、1994年。
多田富雄・河合隼雄 編『生と死の様式』誠信書房、1995年。
アルフォンス・デーケン・メヂカルフレンド社 編『死を教える』叢書:死への準備
教育 第1巻、メヂカルフレンド社、1986年。
加藤周一・M.ライシュ・R.J.リフトン著、矢島 翠訳『日本人の死生観』上・下巻、
岩波 書店、1977年。
五来 重『日本人の死生観』角川選書、1994年。
池波恵美子『脳死・臓器移植・がん告知』福武書店、1991年。
C.ベッカー「日本人の死にざま」『季刊仏教』6号、法蔵館、1989年、89-99 頁。
宗教について
上田正昭『日本神話』岩波新書、1970年。
高取正男・橋本峰雄『宗教以前』NHKブックス、1971年。
小林道憲『宗教とは何か』NHKブックス、1997年。
佐々木宏幹『仏と霊の人類学』春秋社、1993年。
山折哲雄『日本人と浄土』講談社学術文庫、1997年。
宮家 準『日本の民俗宗教』講談社学術文庫、1996年。
増谷文雄『仏教とキリスト教の比較研究』筑摩書房、1984年。
増谷文雄『日本人の仏教』角川選書、1981年。
源信著、石田瑞磨校注『往生要集』日本思想体系6、岩波書店、1970年。
親鸞著、名畑應順校注『親鸞和讚集』岩波文庫、1997年。
道元著、水野弥穂子校注『正法眼蔵(四)』岩波文庫、1997年。
親鸞著、金子大栄校注『教行信証』岩波文庫、1991年。
親鸞著、星野元豊・石田充之・家永三郎校注『教行信証』日本思想体系11,岩波書
店、1971年。
星野元豊『親鸞と浄土』三一書房、1990年。
道元著、寺田 透・水野弥穂子校注『正法眼蔵』上・下巻、日本思想体系12,1
3、 岩波書店、1972年。
柴田道賢『道元のことば』カルチャーブックス23、雄山閣、1978年。
岡田利次郎『現成公案』正法眼蔵解読1、彌生書房、1985年。
玉城康四郎 編『道元』筑摩書房、1986年。
上田義文『親鸞の思想講造』春秋社、1994年。
大崎節郎「超越と無」『死の科学と宗教』岩波講座: 科学と宗教7、岩波書店、
1995年、67-96頁。
笠原一男『親鸞』NHKブックス、1996年。
松村克己「神と共に働く」『生と死の意味1』思文閣出版1992年、101-11頁。
由木 康『イエス・キリストを語る』講談社学術文庫1303、1997年。
桑田秀延『キリスト教の人生論』講談社現代新書、1994年。
R.ブルトマン著、川端純四郎・八木誠一訳『イエス』未来社、1989年。
矢内原忠雄『ロマ書』聖書講義・、岩波書店、1979年。
近藤勝彦『癒しと信仰』教文館、1997年。
永井伸一 編『医療と人間教育』開成出版、2000年、63-77ページ所収。